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連載「マルサの事件簿」

税務調査における企業内不正の実態

ここでは、我々『ビジコム研究会』のメンバーが以前、国税査察官、国税調査官として税務調査を行った際に、企業内不正を発見したいくつかの例を紹介しています。

事例10 タックスへイブンを利用した脱税が移転価格税制で発覚



海外子会社を使って利益隠し
年末に開かれた取締役会の席上、仕入れを担当する業務部長の岡田がこう切り出した。 「今年の秋以降、相次いだ大型台風の影響で国内産の野菜が大打撃を受け、業務用野菜の輸入が急増しています。そのために、粗利も増えていて、このままでは年度末に50億円程度の利益が出てしまいそうです。昨年度の5倍ですが、できれば昨年度並に抑えて、将来の受注変動への備えにしたいと考えています。そこで、年度途中ではありますが、“BM”を増額しようと思います。いかがでしょうか」
岡田は、東京・港区に本社を構える中堅の食品輸入商社・ワールドフードに入社して20年になる。42歳の時、同社の史上最年少取締役に就任したやり手だ。
“BM”も岡田が編み出した方法で、タックスへイブン(租税回避地)の英領「バミューダ」と「方法」を表わす「メソッド」の頭文字を取ったものだ。海外の生産者から輸入する際、東京本社と直接取引をするのではなく、現地に100%子会社を設立し、その子会社に商品別の孫会社を作らせ、その孫会社がタックスヘイブンの国々でひ孫会社を作るという仕組みで、生産者はそのひ孫会社と書類上の取引をする形にしたのである。狙いは、いわずと知れた脱税だ。海外の孫会社、ひ孫会社を複雑に絡ませることで、利益隠しを行っているのだ。
子会社の取引先(孫会社)がタックスへイブンにあると、タックスヘイブン対策税制によって「軽課税国」に所在する「特定外国子会社」と認定される可能性が高く、孫会社の先にタックスへイブンに所在するひ孫会社を置くという念の入ったシステムになっている。マルサの追及の手が、海外の企業には伸びにくいことを悪用し、さらに巧妙に実態を隠した典型的なケースと言っていい。
岡田にとっては、自らが考案して10年以上も発覚しなかった方法だけに、今回も絶対にバレないという自信があった。

完璧な言い訳
3年半前、税務調査を受けた岡田は、国内の販売価格と輸入価格の動きが必ずしも連動していない、つまり国内の販売量が増加して粗利が増え始めると、国内価格が据え置かれたままで輸入価格が高くなり、利益が減少している理由を追及された時、「日本の競争は厳しいから、簡単に値上げなんかできるわけがないでしょう。輸入価格の上昇は、われわれの企業努力で何とか吸収して、日本の皆さんに安い価格で提供しているんですよ」と立て板に水のごとく答えていた。「利益水準が一定なのはおかしい」と言われても、「企業努力で、会社が維持できる最低限の利益を確保しているだけ。社員の数だって増やしていないし、設備投資もしていない。だから、利益水準を一定にして、その分を顧客の皆さんに還元しているわけです。それが、いけないことですか?」
会社のためという誤った信念があるため、岡田の言い訳は自信たっぷりでよどみがない。
ただ、普通は年度末に来期の予算を立て、1年を使って徐々に輸入価格を調整、つまり子会社を使った利益隠し額を積み重ねていくのだが、今回は予想外の台風の影響が大きく、年度途中から急増させる必要がある。そのための言い訳を、考えなければならない。
「日本の需要が急拡大したために、ライバル商社がうちの取り引き先にも『高値で買う』と接近してきたので、やむなく値上げに応じた――。そんなところで、十分だろう」岡田は、ごく軽い気持ちで、利益隠しの作業に取り掛かった。
移転価格税制が誤算
ところが、時代は3年半前とは大きく変わっていたのである。移転価格税制の体制整備を急ぐ税務当局は、国内外での調査体制を着々と整えていたのだ。移転価格の正当性を巡っては、企業との見解の相違や当該国との課税権の調整などの難しい問題も残っているが、海外子会社への利益の付け替えが疑われる行為には、より厳しい監視体制ができつつある。これまでのような安易な課税逃れは許さないという姿勢が、課税サイドに強くなっているのである。
マルサの大洞が、注目したのはキャベツだった。国内産価格が急騰し、大量に使う業務用は価格の安定している輸入品にシフトしたが、商社の輸入担当者が別に増えるわけではなく、右から左に売れている状況では、保税倉庫料などの流通経費も膨らまない。粗利が一挙に拡大することは確かだとにらんだのである。なおかつ、キャベツの輸入元は80%が中国なので、原産地での実態調査もやりやすい。そんな大洞のアンテナに最初にひっかかったのが、ワールドフードだった。
過去3年間にわたる中国での市場価格の推移や企業情報データベースを駆使して日本に輸出している生産者の詳細な財務情報と取引情報などを調査した分厚い資料を手に、大洞はワールドフードの応接室で岡田と対面した。タックスへイブンのペーパーカンパニーを使った利益隠しであることを明確に示す資料を突きつけられた岡田は、力なくうなだれるしかなかった。もちろん、キャベツの不正をきっかけに、ワールドフード全体にわたる所得隠しも明らかになったことは言うまでもない。




国内畜産業者の保護を目的に内外の価格差を調整する「差額関税制度」を悪用した大形脱税が摘発されました。この事件は、海外の子会社を使って日本への輸出価格を高く設定し、差額関税を逃れるという手口でした。海外の企業に対する調査が困難なことを悪用した脱税は、これまでに何度も摘発されています。しかし、遠い国が舞台になっているという安心感があるためか、なかなかなくなりません。
ところが、海外子会社との取引価格を独立企業間価格(第三者間取引価格)に引き直して、所得金額を算定する移転価格税制の整備が、状況を一変させつつあります。移転価格課税は、課税当局との間で係争になるケースも見受けられますが、海外子会社の実態も明らかにするという副次的な効果があります。移転価格税制の執行強化がきっかけになり、いずれ海外子会社への所得移転という脱税方法が根絶するかもしれません

出典 『企業内マルサの事件簿』ビジコム研究会編


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