連載「マルサの事件簿」
税務調査における企業内不正の実態
ここでは、我々『ビジコム研究会』のメンバーが以前、国税査察官、国税調査官として税務調査を行った際に、企業内不正を発見したいくつかの例を紹介しています。
事例2 商売繁盛・利益低調の裏に“脱税”の匂いの巻
突然の「招かざる客」
上野公園の満開の桜の下では、昼間からサラリーマンが花見酒の陣取り合戦を繰り広げていた。×年4月の昼下がり、そんな喧騒を眼下に見下ろしながら、雑居ビルの5階で風俗店の店長を任されている山本(32歳)は、一回り以上も年の離れた内縁の妻に携帯電話を掛けていた。「今夜は花見に行こうぜ」とご機嫌取りに余念がない。まさか、今日が人生最悪の日になることも知らずに…。
彼の店は東京ではちょっとは名の知れた風俗店で、他にもグループ店が山手線沿線の繁華街にいくつもある。社長とは営業会議などで顔を会わせているが、実は影のオーナーが別にいることは薄々感づいていた。しかし、オーナーがどこの何者でも、自分の店が利益を上げ、高給を貰っている分には文句はない。
山本は、店の女の子が早番から遅番に切り替わる午後1時直前まで、内縁の妻と長電話を楽しんでいた。若い女をつなぎとめるためには、気苦労も多いのだ。
そろそろ遅番の子が来る頃だと思っていると、案の定、店の扉が勢いよく開いた。「おはよう」と言いかけて、山本は息を呑んだ。そこに立っていたのは、女の子でもなく、店の客とも思えない、険しい目をした男たちだったからだ。
それでも気を取り直して「いらっしゃいませ。ご指名は?」と平静を装って尋ねると、
「東京国税局の者です。店長さんと経理の責任者にお会いしたいのですが」
丁重だが有無を言わせぬ迫力で山本の目を見据えた。
税務調査なら去年の暮れに受けている。まさか、抜き打ち調査なんて「マルサの女」みたいじゃないか…。
山本は、ドギマギしながら店長室兼男子従業員の控え室に案内した。ここで逆らったところで、心象を悪くするだけだ。
周到な事前調査
2週間前の東京国税局資料調査課。略して「りょうちょう」の加藤調査官のデスクには、山本が所属する風俗店グループの資料が山のように折り重なっていた。加藤が注目したのは、グループが店を毎年のように出店するほど好調なのに、申告してくる法人所得や個人換算所得が極めて低調なことだった。例えば、当期の売り上げは前期比横ばい、法人所得は2期連続の赤字だ。長年の経験から帳簿操作の匂いを感じ取った加藤は、売り上げ除外の証拠収集と本当のオーナーの把握に取り掛かった。
まず、準備調査として過去の調査記録、株主名簿、登記簿謄本、さらに外部情報などからオーナーと思われる者と、その特殊関係人と思われる者を特定した。次に、外観調査としてオーナーの隠し事務所が特殊関係人が経営する飲食店の2階にあることも突き止めたのである。
同時に内観調査を行い、客を装ってグループの各店に入店し、風俗嬢からさりげなく最近の客の入り具合や料金システムなどを聞きだし、営業実態の把握に努めた。その結果、加藤の疑いは確信に変わったのである。
分かりやすい証拠の数々
ガサ入れ当日、客の出入りが一番少ない女の子の交代時間を決行時間とし、オーナーの自宅、特殊関係人の自宅と経営する飲食店、その2階にある隠し事務所、そしてグループ全店にいっせいに調査に入った。不意をつかれたオーナーは、震える声で調査への協力を約束するしかなかった。各店にも電話を掛け「言われたとおりにしてくれ…」とかすれた声を絞り出した。
山本は、初めて聞くオーナーの声に自分の置かれている立場を通感ぜざるを得なかった。各店の店長は、表向きの客数と売り上げを台帳に記載しながら、本当の数字との差をメモにして、社長に提出していたのだ。よほど頭の回らない人間でもない限り、これが脱税のためだとは言われなくても分かる。社長からオーナーに渡ったそのメモは、隠し事務所の金庫の中にきちんと整理されて収まっていた。さらに、金庫の中には「上様」名義のタオルや備品の領収書まで保管してあった。もはや、逃げ口上は通用しない。
各店舗では、出勤簿の改ざんも明らかになり、表向きの売り上げの入金先とは別に、特殊関係人名義の隠し口座に売り上げ除外した金額が全額入金されていることも銀行ATMの控えから分かった。店別に作られた隠し口座の通帳は、特殊関係人の寝室から15冊も出てきた。
山本の花見はパーになり、悪くすれば追徴金が払えず、店は倒産、自分は失業ということも考えられる。内縁の妻は、とっとと山本を見捨てるだろう。山本の頭の中には、そんな絶望のシナリオが駆け巡っていた。
国税局査察部、いわゆる「マルサ」は、映画「マルサの女」が大ヒットして以来、知らない人はいなくなりました。しかし、脱税の調査を行うのは、マルサだけではありません。資本金1億円以上の大規模法人を対象とする調査部、1億円以下の中小法人を対象とする課税部資料調査課も調査を行っています。 よく、税務調査を受けるのは10社に1社といわれますが、それは無作為に選んでいるわけではなく、ベテラン調査官が経験と勘をフルに働かせて慎重に選んでいるのです。
出典 『企業内マルサの事件簿』ビジコム研究会編
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