連載「マルサの事件簿」
税務調査における企業内不正の実態
ここでは、我々『ビジコム研究会』のメンバーが以前、国税査察官、国税調査官として税務調査を行った際に、企業内不正を発見したいくつかの例を紹介しています。
事例3 巧妙な帳簿操作も「蜂の一刺し」で崩壊の巻
事件の陰に「女」あり
東京国税局6階にある査察部には、ときおり場違いな中年女性が姿を現す。エレベーターを降りたところでフロアの案内板を見つめている女性を見かけた査察官の小林は、長年の経験で「これは事件だ!」と直感した。
小林が「どちらに御用ですか?」と声をかけると、案の定「私の“知り合い”が脱税をしているんです」と、険しい口調でまくし立てた。この場合の「知り合い」とは、普通の知り合いではないことは、誰にでも分かる。
脱税が摘発されるきっかけの多くはタレ込みだ。しかも“特殊関係人”と呼ばれる女性からの訴えが大半を占めている。原因は、女性に対する裏切り。小林がエレベーターホールで見かけた女性も、怒りを目に貯め、脱税と共に男の裏切りまでも訴えているようだった。
訴えによると、“特殊関係”にあったのは、東京近郊で5件のファッションホテルを展開するブランカ商事社長の大木という男だ。ブランカ商事の売り上げと利益はここ10年ほど横ばいだが、きちんと納税もしていて、書類上は全く不備が無い。ところが、大木は5件のホテルを毎日回って売上金を回収していて、自宅できっちり数えた後、翌日集金に回る前に銀行に立ち寄り、7割を会社の口座、3割を隠し口座に入金しているという。隠し口座の通帳のありかを隠し始めたことから、特殊関係人は裏切りを確信したらしい。迫真性の高い内容に、小林は「行ける!」と踏んだ。
印を付けた1万円札
小林が統括官の和田に一件を報告すると、即座に和田は内偵と外観調査の大号令を掛けた。3割も売上除外するとは、脱税するにも程がある。
外観調査は利用客の多い金曜、土曜、日曜に集中して行うこととし、客室毎の回転率を詳細に割り出す一方、裏口ではタオルや石鹸、備品などの納入業者の出入りを細かく確認した。3割もの売上除外をしているとなると、納入業者も連鎖的に売上除外をしている可能性が極めて高い。それはそれとして、納入量から実際の売り上げの傍証を掴むことができる。
駐車場の入り口が見える場所に目立たないように車を止め、駐車場に入る車のナンバーも1台ずつ控えていった。このメモが、後日ガサ入れで押収する予定の「車番控帳」と照合する際に、売上額の適否を判断する材料になるのである。
一方、内偵では実際に各ホテルの客室を利用し、料金体系や飲食費、電話料金の精算方法などを確認する。支払いはすべて印をつけた1万円札で行うのだが、それはガサ入れ時に1万円札の現物を追跡することで、売上の出所を確実に証明するためだ。
隠し事務所の発見が突破口
調査開始から3カ月後の朝、査察部の空気はぴんと張り詰めていた。和田がデスクに座り、腕組みをしながら、じっと電話機を見つめている。最初のコールが鳴るやいなや受話器を掴み上げた和田の耳に、「お札(ふだ)が取れました!」と若い査察官の声が飛び込んできた。裁判所から捜索令状が出たのだ。
査察部は熱気に包まれ、その日の午後1時、いっせいにガサ入れになだれ込んだ。査察の勝負は、ガサ入れ初日で決まる。今回は5カ所のホテル、容疑者の自宅、会社事務所の7カ所に同時に踏み込み、関係書類をすべて差し押さえた。だが、肝心の裏帳簿がなかなか見つからず、チェーンの中で最大のホテルを担当した小林は内心の焦りを押し殺して、マネージャーの水田とにらみ合っていた。その時、ふと水田のズボンにぶら下がった鍵の束が目に入った。「ちょっと、その束を見せてもらえますか? おや、この鍵は201号室ですね。でもフロントの案内パネルは入室中になっている。どうしてですか?」「いや、それは…」水田の声が小刻みに震え始めた。他の査察官が201号室に急行すると、そこには隠し事務所があり、裏帳簿がしっかりと保管されていたのである。観念した水田は、大木のからくりをすべて自供し始めた。
一方、自宅に踏み込まれた大木は、会社の預金通帳を突きつけられても、のらりくらりと言い逃れを繰り返していた。和田が「この通帳には昨日までの入金記録がありますが、今日のはまだですね。ということは、昨日集金した現金が、どこかにあるはずですが」と追及しても「集金は部下任せだから、分からんよ」と余裕の表情だ。しかし、若い査察官が「車のトランクの中のかばんから、大量の現金が出てきました」と報告に飛び込んでくると、顔面が蒼白になった。和田は穏やかに、こう言った。「昨日集金した金の中には、うちの査察官が払ったものも入っているんですよ。全部印が付けてあるから、どこのホテルから集金した金かも特定できる。過去の入金記録と比べれば、昨日の集金額ははるかに大きいでしょうね。その差額がどこに消えているのか、ぜひお聞きしたいですな。ご同行願いましょうか」大木は、力なく立ち上がるしかなかった。
映画「マルサの女」によって、国税局査察部を「マルサ」と呼び、被疑者の愛人を「特殊関係人」と呼ぶことは、一般にも広く知られるようになりました。実際には、マルサが脱税を摘発する大きなきっかけになるのがタレ込み情報で、中でも特殊関係人からのタレ込みが多いことは、案外知られていません。 特殊関係人は被疑者の裏も表も熟知していますから、裏切られたと分かると復讐心に燃えあがり、違法行為を訴え出てくるケースが少なくないのです。実態を詳細に供述してくれますので、ピンポイントで要所を急襲することもできます。まさに、“蜂の一刺し”といえるでしょう。
出典 『企業内マルサの事件簿』ビジコム研究会編
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