連載「マルサの事件簿」
税務調査における企業内不正の実態
ここでは、我々『ビジコム研究会』のメンバーが以前、国税査察官、国税調査官として税務調査を行った際に、企業内不正を発見したいくつかの例を紹介しています。
事例4 意に沿わない転勤が不正のきっかけにの巻
想定外の転勤辞令
本社から支社に転勤になった社員が「飛ばされた」と思い込み、モチベーションを下げると同時に、
不正に手を染めることはよくあるケースだ。
東京・文京区に本社がある大手OA機器商社・エクセル販売で発覚した事件も、そんな典型の一つと言っていい。
東京生まれ、東京育ち、東京に本社を置く大手企業に入社した木村にとって、
東京で仕事をすることこそがベストな人生だった。営業部門でトップクラスの成績を挙げてきただけに、
「本流」である東京本社から外に出されることなど、まったく念頭になかったのである。
入社20年目、第3営業部長を任されていた木村が人事担当役員の鈴木から飲みに誘われた時、
「いよいよ俺が花形の第1営業部長か」と内心ホクホク顔になったのも無理はない。
営業先から小躍りするような足取りで鈴木の待つ店に行くと、鈴木の顔色が何となく暗い。
ビールを数杯空けた後、鈴木はおもむろにこう切り出した。
「木村君、君の営業力は社長も高く買っている。今週の役員会でも木村君の話が出た時、
木村君はうちの将来を担う人材だということに、誰も異論がなかった。そこで、だ。
今、会社の最大の問題は大阪支社の業績不振にあることは、君も知っているとおりだ。
その大阪支社を、ぜひとも君の実力で立て直してほしい。それが役員会の総意なんだ。
支社長の田中専務も、木村君が来てくれたら百人力だと太鼓判を押している。支社長代理として、力を発揮してくれ」
支社は治外法権?
木村は鈴木の話を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「田中専務は大阪支社長だといっても肩書きだけで、東京にいっぱなしじゃないか。
そんな状態で、社員がまともに働くわけがないだろう。つまり大阪支社なんて、それだけの価値しかないってことさ。
その大阪に、何で俺が行かなきゃならないのか!」
鈴木にそう怒鳴ってやりたかったが、田中専務も鈴木取締役も、社長のお気に入りだ。
逆らったりすれば大阪どころか、もっと辺鄙な所に飛ばされかねない。木村は苦いビールを、本当に苦い顔で飲み干すしかなかった。
それから1カ月後、木村が大阪に赴任すると、案の定、支社の空気は淀んでいた。
本社からの命令など、無視するのが当然という雰囲気がまん延していた。
そんな木村の気晴らし相手になったのは、大学時代のサークル仲間だった林だ。
林はエクセル販売のメーンバンク・東都銀行の梅田支店長をしていた。
東都銀行の梅田支店には、エクセル販売の販売代金の大半が入金され、毎年30億円前後の入出金がある。
大阪のキタやミナミの高級店で林と飲み明かすうちに、2人は妙案を思いついた。誘ったのは、木村の不満を聞いていた林である。
「なぁ、木村。誰にも迷惑を掛けずに、金儲けをする方法があるんだけど、やってみないか。
毎月、2億〜3億円の入金がうちの支店にあるだろう。それを俺が作るお前の会社名義の新しい口座に入れて、
入金があるたびにお前が作った外貨定期の口座に移すんだよ。1、2カ月したら解約して、会社の本当の口座に戻せばいい。
お前は定期預金の利子が稼げるし、俺は大口外貨預金の口座を毎月作ることができる。
会社にも迷惑は掛けない。つまり、誰も損をしない仕組みだよ」
エクセル販売の大阪支社の業績が悪いのは、東京本社からの管理が甘いことが大きな理由だ。
メーンバンクの支店長と実質的な支社長でもある木村が協力すれば、支社の金を自由に動かすことなど簡単だろう。
木村の不満も手伝って、話はとんとん拍子に具体化してしまった。
ドル建て外貨定期預金の利子は、3〜4%前後。為替リスクはあるが、木村と林はこの方法で年間数百万円を稼ぎ出し、
木村が赴任してからの3年間で総額2千万もの収入を得ていたのである。
マルサの検査で暗転
2人の人生が狂ったのは、エクセル販売の東京本社にマルサの検査が入ったことがきっかけだった。
大阪支社に現況調査に訪れた査察官の石渡は、東都銀行梅田支店にエクセル販売の口座が2つあり、
それぞれに入出金のタイミングが1〜2カ月ずれていることに気付いたのである。
仮に2つの口座をAとBとすると、Aに取引先のC社から1千万円の入金があると、すぐに全額が引き出され、
1カ月後に同じC社名義でBに1千万円の入金があるという具合だ。取引先に反面調査を掛けた石渡は、
木村にこう質問をぶつけた。
「2つの口座に同じ金額が同じ振込み人名義で1、2カ月ずれて入金されていますが、これは何かの間違いですか?
取引先にも確認していますから、2重払いはあり得ませんよ」
静かに見据える石渡の視線に耐え切れず、木村は林と一緒に作り上げた巧妙なからくりを白状した。
会社の資金(この場合は金利だが)を着服した木村とシナリオを書いた林は、共に諭旨免職。
書類送検された2人にとっては、改悛の情を顕著に示したことなどから起訴猶予になったことだけが、唯一の救いだった。
マルサは詳細な調査を行い、さまざまな資料を集めます。そして、膨大な証拠の中から小さな矛盾点を見抜き、それを積み重ねていくことで、大きな事件を解決しているのです。 実は会社の脱税だけでなく、証拠の中には社員の不正の種が潜んでいることがあります。 会社が長年見逃していても、マルサの厳しい目はごまかせません。マルサが調査に来ると分かった時、妙にソワソワし始める社員がいたとしたら、それとなく社内調査をしてみたらいいかもしれません。 実際の不正はなくても、管理の「穴」が見つかることが多いものです。
出典 『企業内マルサの事件簿』ビジコム研究会編
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